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信じるとは…
2018年09月24日

 

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人を信じる。ということは、難しい場合も多々あります。

どうしても、人を信じることができない。

猜疑心がとれない。 とのご相談もございます。

人を信じる。信用する。とすれば、 信じるには理由がありますね。意図がありますね。信じる要因がありますね。

たとえば、 新聞に〇〇と書いてあったから、相手だとすれば、今まで信じてきて裏切られなかったから、

あの人が言ったことだから。

そうなると、情報の発信源というわけではなく、最終的には、自分自身の判断で、行われる行為となります。

ここが、キーポイントなのです。

その人を信頼するかどうか、その人からもたらされる情報を信頼するか否か。は、判断の主体は、常に自分自身なのです。

つまり、信じるか否か。は、掘り下げてゆくと、結局は、自分自身を信頼しているかどうかにかかってきます。

自分を信頼していない。自分が嫌い。という人は、どんな情報やどんな人に対しても、信じきれないことが往々にして出てきます。

だって、自分すら信じられない感情があるのであれば、他人など信用できるのかと感じます。

だからこそ、日ごろの自分と向き合い、対話をし、好きになり、信じてあげることが大事です。

そうしてゆくと、全ての問いは、他人や自分の外にあるものではなく、自分自身に還ってくるのです。

正しく物を見たいと思うのであれば、信頼できる自分自身を確立してゆくことです。

では、そのようにして、自分を信じて、裏切られたら?

人生の中で、そのような出来事は現れてくるものですし、その時は、自分の人を見る目が未熟だと思い、

鍛錬してゆけばよいのですよ。

中々 難しいことではありますが、少しづつ なさってみてくださいね。

結構 身につきますよ。